恐怖体験

ジャケットに惹かれて、こんなCDを買った。怖くて眠れない夜が続いた。まず手に取るだけで鳥肌が立つ。CDトレイにセットする頃には背筋が凍り、小さい頃の想い出が走馬燈の様に駆けめぐる。臨死体験に近い。

一般的に、恐怖の種類は淳二派かずお派に分かれる。そう、全日本国際恐怖連盟の特別顧問、稲川氏と楳図氏のお二方が築き上げた二大巨塔となる派閥だ。

正当派と言えばやはり淳二派になるだろう。結論を予期させる初期設定の後、そろりそろりと不安要素で追い込みを駆け、サビでは絶叫と急展開で昇天させる。初期設定値を意図的に抑えオーディエンスに悟らせた上で、実際にはその値以上のものを提示することで、相対的に臨界値を超えた恐怖を呼び起こすという手口だ。統計によると日本人の92.8%もの人々がこれにやられる。

一方かずお派は、複合的な恐怖要素が執拗に身体中に突き刺さり、爪の先の細胞まで凍て付いてしまうような、完全無欠、唯一無二の芸術作品と言える。

まず絵のタッチだけでPTSDに陥る場合がある。ある程度経験を積まねば1ページすら読み進めることはできない。そして序盤の人物描写の段階で約半数の読者が仮死状態となる。ジャイアンの歌をはるかに過当する奇声が、日常的なシチュエーションの中で発せられる世界に召喚されるのだから無理もない。

そして中盤からストーリーが破綻し始める。連載モノなどではよくある展開だ。しかしかずおは、破綻をも恐怖に変えてしまう。読者の頼みの綱であるはずの唯一の「現実感」を断ち切られてしまうのだ。ここまで無事読み進めた者は、恐怖に怯えながらも生存している感謝の気持ちで目頭が熱くなってくる

そしてラストは悲壮感に満ちているものの、戦い抜いた安堵感、恐怖を克服した満足感といった人間味に溢れた感情を喚起させられると同時に、人は恐怖を越えると笑うという話を実体験できる。

毎日はいらないけど月に一度くらいは食べたくなる料理、かずお派が推進する恐怖は、そんなメキシコ料理のように、刺激的でワイルドで、かつ笑えるという、希有な存在なのだ。

かずお派レコメンド作品:
漂流教室
恐怖
おろち
まことちゃん

2005.11.20 / n_a_r_y